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近世津軽領の「天気不正」風説に関する試論

フォーマット:
論文
責任表示:
長谷川, 成一
言語:
日本語
出版情報:
弘前大学大学院地域社会研究科, 2008-12-26
著者名:
長谷川, 成一  
掲載情報:
弘前大学大学院地域社会研究科年報
ISSN:
1349-8282  CiNii Research  Webcat Plus  JAIRO
通号:
5
開始ページ:
154
終了ページ:
134
バージョン:
publisher
概要:
近世津軽領では、長雨など天候が不順(それを当時の史料では天気不正と表現した)の際に、各種の風説が流れた。天気不正に関する風説とは、代表的なものとして丹た んご後日びより和があり、十八世紀前半には丹後の人と船を詮議するシステムが領内で成立した。このほかに近世前期から認められる風説としては、岩木山の嶽だけ硫いおうたい黄平における入湯者たちが原因の天気不正風説があり、丹後日和とあわせて岩木山信仰との関わりを持つ風説が多かった。 積雪寒冷地にあって、米穀生産を主たる産業とする当領にと って、天気不正は領内に飢饉などの災厄をもたらす凶兆であった。弘前藩では風説に込められた天気不正の原因除去を自らの責務として位置づけ、それを取り除くために藩の権力を行使した。 十八世紀後半に入ると、岩木山信仰から離れた風説が目につくようになり、巨木伐採や開山による材木切り尽くしの恐れなどを原因とする天気不正の風説が見られた。加えて、天明大飢饉を境として、鉱山の開発と稼行との関わりによる天気不正の風説が弘前藩を悩ませることになった。津軽領と秋田領の藩境に位置し、弘前藩の鉱山が点在する目屋野沢の、さらに奥深い白神山地の青鹿岳と小岳の間に源を発する大滝股沢の鉛鉱山の開発と稼行は、領内に深刻な天気不正をもたらすものとして、幕末に至るまで領内に敷衍した風説であった。 これらの天気不正に関する風説は、岩木山信仰に基づくものも合わせて、人間や動植物・石・鉱物も含めた、領内の自然の調和を何らかの形で攪乱する恐れがあると認識されたものであって、前近代における無知蒙昧な虚妄と見なすことは避けるべきであろう。これら風説類に関わる史実は、現代科学がある意味では極限まで発達したにも拘わらず、温暖化による異常気象に悩まされている、二十一世紀に生きる我々に貴重な警鐘となるのではなかろうか。 続きを見る
URL:
http://hdl.handle.net/10129/2316
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長谷川, 成一

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